大木賢一氏の『皇室番 黒革の手帖』に珍しい描写がある。
皇室を取材する宮内記者の目から見た、国会開会式への天皇陛下のお出ましの様子だ。「国会を召集することは、憲法第7条が規定する国事行為だが、開会式を主宰するのは国会の側であり、開会式への出席自体は国事行為ではない。天皇は『最高の来賓』として『招かれる立場』であるという。…かつて貴族院だった名残(なごり)から、参議院の本会議場だけに天皇の席が設けられている。…国会議事堂の『中央玄関』…天皇陛下をお迎えする時以外は、選挙後の議員の初登院や国賓出席の際にしか使われない『あかずの扉』になっているという。皇居を出発する陛下の側も、国会開会式ご出席の際は必ず、皇居の正式な門である『正門』を使われる。車も、数種類ある『御料車(ごりょうしゃ)』のうち、最も格式の高いものに乗る。…国会の側ではあかずの扉である中央玄関の重い扉が開いた。差し込む光の中で見た外の光景は壮観としかいいようがなかった。玄関から約百メール先の国会正門まで、100人以上の国会議員が両側に整列している。さらにその向こうに、まっすぐと続く道が延びていて、こちらのほうが高台になっているため、はるか桜田門の警視庁の角のところまで、すべて見通せる。その間約700メールにわたって、車の通行は遮断されている。やがてそのカーブの向こうから、2台の白バイが姿を現し、御料車が続く。ゆるゆると、坂を上って、まっすぐとこちらに向かってくる。まさに自分の立っているこの場所に向かって、この国で最高の権威を身にまとった人が近づいてくるのだ。御料車が正門を入ると、議員たちが一斉に頭を下げた。中央玄関の車寄せに御料車が横付けされ、モーニング姿の陛下が降り立たれる。侍従長らが付き従う中、衆参両院議長ら出迎えの人々に会釈をし、赤絨毯(あかじゅうたん)を踏みしめて階段を上っていった。天皇陛下は通常この後、専用の『御休所(ごきゅうしょ)』を経由して参議院本会議場に入る。衆議院議長の式辞の後、菊のご紋の入った椅子を背にした陛下が『お言葉』を読み上げる。…宮内庁長官と侍従長は、階段下に控えている。お言葉が終わると、衆議院議長が読み上げた紙を受け取り、押し戴く姿勢のまま後ろ向きで階段を降りる。…『国権の最高機関』を前にした天皇のふるまい、『最高機関』を構成している議員たちの恭(うやうや)しい態度を見ていると、天皇の権威というものを改めて考えさせられる。それはきっと、あまり国民が目にすることのできないものであろうし…国民の最も多くが天皇のイメージとして連想するであろう『被災地で床に膝をつき、手を取って被災者を励ます姿』とも違う姿が、そこにはあるのだ。…桜田門からまっすぐと向かってくる壮麗な車列に感じたような強烈な感慨を、もし宮内記者だけが独占しているのだとしたら、それはマスメディアの側が努力してもっと知って
もらうべきことなのかもしれない」